EYESIGHT/INSIGHT - Photography blog by Keisuke Takahashi

カテゴリ: 音楽


今日は全然写真の話じゃなくて、音楽の話。明日、武道館に観に行くバンドの話。

ザ・コレクターズを知ったのは31年前、1986年のことだった。
高校の同級生の友達だったカズヒコに教えて貰った。カズヒコはコレクターズのメジャーデビュー前に、東京から遥か離れた札幌で、前身バンドのバイクスの音源をラジオで聴いて、その後コレクターズのファンクラブ会員第1号になった男だ。

とは言え俺は当時、ほぼ洋楽しか聴かなかったので、すんなりすぐ気に入った訳ではなかったのだけど、あまりにカズヒコや、当時の友達が何度も聴かせるので、だんだん曲を覚えてしまった。

決定的だったのは、その流れで、カズヒコが"MODS"なるものを教えてくれたことだった。
カズヒコは俺に、モッズカルチャーと関係の深い60年代UKのバンド、フーとスモールフェイセズ、そしてキンクス辺りのテープを編集してくれた。自分ももともとUKロック好きだったし、ツェッペリンやビートルズは聴いていたけど、その辺は聴いたことなかった。70年代の終わり、ストラングラーズやポリスは好きだったけど、ジャムはピンと来なかった。
というわけで俺の中にモッズ関係はすっぽり抜け落ちていたのだけど、86年に突然、俺にモッズカルチャーの波が来た。
それらを経て、その意匠がサウンドに色濃く漂うコレクターズも、大好きになった。

コレクターズが最初に、札幌のペニーレインでライブをやったとき、当時知り合いだった怒髪天の増子さんが、バリバリのモッズファッションで来ていたことを思い出す。当時増子さんは既に怒髪天をやっていたから、普段モッズファッションなんか勿論してなかったけども、その日は確か、白シャツに黒の細身のタイ、エンジ色のジャケットにアーミーパーカー羽織って、髪を下ろして、さらば青春の光のジミーばりに決めていた。若かりし頃の増子さんの詩には、モッズカルチャーを描いた映画、さらば青春の光にインスパイアされた「ジミーのように 海になりたい」なんて歌詞もあったから何の不思議もなかったんだけども、普段とのギャップでやけにおかしかったことを思い出す。

それからコレクターズが札幌でライブをやるときは必ず行った。当時、まだ札幌に住んでいたピロウズのさわおくん(カズヒコの高校の同級生だった)が、コレクターズ関係の本で当時の話をするに「普段どこにいるのかわかんないんだけど、コレクターズのライブになるとモッズがどこからともなく集まる」とよく言っているが、そのうちの一人が俺だった。(レコレコとかよくいたんだけどね?)

コレクターズはその後もなかなかブレイクしなかったから、札幌ツアーも予算的にしんどくなっていたのだと思う。だんだん札幌に来る回数が減ってきていた。


その後最初のメンバーチェンジがあり、俺自身も個人的な色々があり、そんな中、コレクターズは突然「世界を止めて」という曲をスマッシュヒットさせる。これが入っている「UFO CLUV」というアルバムは、コレクターズに大して興味なかったうちの姉ですら、CDを買っていたくらいだから、大ヒットとは言わずとも、そこそこ売れていたんだろうと思う。

そして次のアルバム「CANDYMAN」が大々的にプロモーションされて、札幌のFMノースウェイブからシングル「MOON LOVE CHILD」がよく流れるのを聴いて、もういいかな、と、コレクターズを離れた。


とはいえその後、コレクターズがスター街道を突き進んだかというと、そんなことはなかった。
俺自身もサラリーマンになって、転職して転職して、結婚して離婚して、色々だった。
そんな中コレクターズは、レコード会社との契約が切れようが、事務所が潰れようが、大ヒットに恵まれ無かろうが、一度も止めることなくバンドを続けてきた。

そんなある日、コレクターズの「地球の歩き方」というアルバムを聴く機会があった。これはちょうど3.11の震災の最中作られたアルバムだったということもあろうが、そこに居たのは昔のナイーブな青年の面影をほんの少しだけ残しつつも、もっとタフなグルーブを持ったロックバンドに、化けていた。
それをきっかけにコレクターズを追ってみると、なんだかいつの間にかポッドキャストの番組「池袋交差点24時」が、ランキング1位の人気番組になっていたことを知った。

実はリーダー加藤さんとコータローさんの話は、昔から面白かった。ただ昔と決定的に違うのは、今のポッドキャストのリスナーには想像が難しいかも知れないが昔は、コータローさんは気さくに話しかけられる感じだったが、加藤さんはとてもとても話しかけられる雰囲気ではなかったという事だ。すげえ怖いオーラ全開だった。

そんな加藤さんがあんないい人っぽく馬鹿話をしている。それくらい、30年というのは、長い月日だ。さすがに。


そして明日、2017年3月1日、コレクターズは30年目にしてバンド結成初の日本武道館単独コンサートを行う。
タイトルこそ「MARCH OF THE MODS」と名打たれているものの、今のコレクターズは良くも悪くもゴリゴリのモッズバンドではないし、音楽自体もっと間口が広く、懐の広いロックになった。(決してソフトになったとか、柔になったとか、そういう意味ではない)
だから本当は、今までコレクターズのライブを観たことがない人にこそ、明日は観て貰いたい。こんなロックバンドは今のところ日本にいないのだから。

それでも俺個人は、ここに書いたような昔の思い出を沢山抱えた今の俺で、このライブを観に行きます。泣いても許してください。
そしてそれが終わればまた、俺は俺の人生を力強く歩んで行きたいです。夢を諦めずに頑張り続けているコレクターズや怒髪天、ピロウズのさわおくんのように。

月がとても無口な夜 錆びた線路に耳を当てて 
カーニバルが来るのを待った 必ず来るって信じていた
君は待てずに ここを飛び出した
もう少しだけ 僕はここで 時計の針を 止めて待ってよう

〜カーニバルがやって来る Written by 加藤ひさし




音楽が好きだ。

歳の離れた姉の影響で、小1くらいで邦楽の所謂ニューミュージックやフォークを、そして小3くらいからは洋楽を聴いて育った。

最初に好きになったのは多分ミッシェル・ポルナレフ、それからモンキーズとビートルズ、ベイ・シティ・ローラーズあたりを経て、当時のアイドル本の見開き2ページの洋楽ページで見たKISSに一目惚れして、そのあとクイーン、ツェッペリン、チープ・トリック、そしてその後はパンク、ニューウェーブに、というのは多分当時の女子高生の王道コース(つまり当時の姉の王道コース、って事だけど)であったのだろう。

小学生の時、9つ上の姉に連れられて男友達の家に行った覚えがある。見たこともない立派なステレオがあって(自分の家には小さなレコードプレーヤーとモノラルのラジカセしかなかった)、その人にツェッペリンの「プレゼンス」というアルバムを聴かせてもらった時に、完全なるロック耳になった。ステレオの前で正座して、A面B面をぶっ通しで聴いて、心底やられた。
あれを一人でずっと聴いている間、姉と男友達が何をしてたのかな、とか今になると時々思ったりするのだけども、とにかく聴いてるときはそれどころではなかったのだ。


人の写真を見て、この人音楽好きだな、多分こんなジャンル、というのは写真を見て大体わかる気がする。音楽が聞こえてくる。そして自分はそういう写真が好きだ。
そういう写真こそがいいとか悪いとか、そういう意味ではなくて、自分がそんな育ち方をしたから、そういう反応をするというだけの事だ。山好きな人が、山岳写真に心惹かれる(多分)のと、同じ事だ。だけども、そういう琴線への触れ方が、一番心に響くように思うので、自分の写真もまた、音楽好きの人にとって、音楽が聞こえるようなものであって欲しいと、ちょいとばかし考える。

過去に何度か、音楽を聴きながら撮る、ということにトライしてみたが、これは全然ダメであった。やはり何も聴かず、心の中に鳴っているものに従って撮る、ということでないと、上手くいかないのだろう。そりゃそうだ。
一昔前にサンプリング用で、バーナード・パーディのドラムトラックだけのCDとかあったけど(持ってるんだけども。今もあるのかは知らん)あの辺を聴きながら、自分はトランペットでも吹くつもりで撮るというのも面白そうだけど・・・やっぱりダメだろうね。

この歳になってもまだカセットテープの編集なんかしながら、好きなものって変わんないんだなあと我ながら呆れつつ。




Deerhoofの2年ぶりの新作、"The Magic"がリリースされた。

Deerhoofを好きになったのは、彼らが2007年にフリーのダウンロードアルバムをWebで公開して、それを聴いて以来だからもう10年近くになる。それ以来、彼らの出すアルバムにガッカリした事など一度もないのだが、今回もそれは変わらず、本当にタイトル通りのマジックだと思う。

70'sマイルスやスライ、NYパンク、ガレージサイケ、そして色んなワールドミュージックやノイズの切れっ端をモンタージュのようにちりばめながら、子供のような無邪気さのアンサンブルでまるっとまとめ上げる音世界。子供のような無邪気さと今書いたけれど、それはよくよく聴くと物凄く複雑でテクニカルなことをやっていたりするのだけど、彼らはそれをひけらかさない。というか、好き勝手やっていたら、何でも好き勝手プレイ出来るようになってしまった、という、野生の佇まいなのだ。ロックンロールアニマル。今僕は、相当理屈っぽい事を書いてるが、聴いてるときに感じるのはただただ、音楽って素晴らしい、バンドって素晴らしい。そんなことだ。

でふと気づいちゃったんだけど、こないだ見に行ってから好きになってしまった松本竣介の絵。同じなんだよね。
彼の作品にもいくつかモンタージュの技法を用いたものがあって、それを一見稚拙にも見える線画でまとめ上げる。その線もよくよく見ると稚拙どころか、色んな計算、構成の意図が見えてくる。

松本竣介『都会』1940年の作品。松本竣介は1948年に36歳で亡くなった。

好きになるものにはそんな風に理由がある、のかな。じゃあこれを自分の作風に生かせるか、というとそう簡単な話ではないんだけど、こういう気づきは後々生きてくるはずなので、まあ気づいてよかった。

閑話休題。
Deerhoofというのはとにかく色んな切り口を持ったバンドで、サトミさんのとぼけた歌詞やボーカルが好きなんだ、って人もいるだろうし(今回も「ホスピタール、ホスピタール」とか「カプチノ、マキアト、アフォガト」とか癖になるフレーズ多し)、20年以上インディーズでやっているベテラン、と見る向きもあろうし、今世界に現存するバンドで一番ゴキゲンなライブバンド、と評価する人もいるだろうし、デビッドボウイやデビッドバーンやデビッドシルビアン、そしてレディオヘッドやフーファイターズまでが彼らのファンというので、一目置いている人もあろう。だから、僕が書いた彼らの魅力もほんの一面でしかない。
ちゅうわけで一番いいのは、聴いてください。そして12月に2年ぶりの来日ツアーがあるんで、是非見に行ってください。音楽好きなら、見ないで死んだら勿体ないバンドNO.1、よ。




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