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戦争というものは悲惨だし、無いに超したことはない。軍隊も無いに超したことはないし、よって軍人というものも、いなくて正解だ。
だが現実には、世界のあちこちで戦争・紛争が止むことはないし、軍隊もある。兵役のある国も沢山ある。

北朝鮮が、核を増強するとか、ミサイルを撃つとか、そういった揺さぶりをかけている様を「アホだな-」と思っている日本人も少なくないと思う。
しかしわれわれ日本人自身が、たったの70数年前には「猫を噛む窮鼠」だったのであって、アメリカに勝てるわけもない戦を仕掛けたのである。たったの70数年前。ということは、自分が生まれるたったの20数年前の話である。

そう考えると、人の考えなんて場当たり的で、冒頭書いたようなことを思う人たちも10年後、20年後なんかは何を言っていることか、知れたものでない。いや正直、1週間後すらわからない。
人間というのは寂しい生き物で、常に自分が求められる居場所を探して生きている。だからこそ、会社に勤めるサラリーマンは、自分が必要とされていると感じて必死に働くのだし、新婚のお父さんは家族のために必死に尽くすのであって、そこで裏切りや自分の必要性を疑う事態になれば、途端に居場所をなくし、自殺したりもしてしまう。
だとしてこの先、軍隊が「国のため、未来のためにあなたが必要だ」と言えば、喜んで尽くす人だって、今想像するよりも、遥かに多いはずだ。

僕は、世界がそのような事になって行く、その末に世界が終わる、そんなことは嫌だ、しかし、明日戦争が始まる、とかでもない限りは、世界よりも先に、自分が終わる確率の方が高いから、どうでもいいか、と思わなくもない。
だが自分には(何年も会っていないが)娘がいるし、娘や、将来彼女たちに授かるかも知れない子供達、言わば自分の子孫が、そんな酷い世界に生きるのは嫌だなあ、と、考えずにもいられない。

とはいえ、そんな先のことに考えを巡らすまでもなく、今の世界情勢を見ていると、このまま無事に老後を過ごすことすら叶いそうにない。
アメリカも、中国も、ロシアも、戦争をしたがっている。それで北朝鮮を焚きつけている。遅かれ早かれ、いつか何かが起こるだろう。
経済は行き詰まりかけている。ここは戦争でも始めた方が、世界経済にとってはプラスなのだ。富裕層は安全な席を確保している。そして戦争を始めるきっかけを待っている。

人間って、物凄い知性を持っているはずなのに、何のための知性なのかと思う。知性があって探究心があり、科学を駆使して様々な謎を解明していながら、その知識は世界平和に使われることはなく、全く違うことに使われる。
そりゃそうだ。何をやるにも金がかかる。金のある人が、金を増やすために、テクノロジーは使われるのだ。

ところで、高度なAIを作ると、人間を滅亡させる恐れがあるから危険だ、という人がいる。だが上述の通り、AIじゃなくても、そういうことは既に人間自身が行っているのだ。危険だ、という人の「危険」は、消される対象に自分が入るかそうでないか、の違いだけで、そういう人は「3匹のこぶた」で言えば、レンガの家に住んでいるようなものだ。わらの家や木の家に住んでる我々は、いつだって運命に翻弄されるだけだ。

だとしたら、早いとこ全知全能のAIを作った方がいいんじゃないか。AIは、どんな人間を残すのか。金があるとか権力があるとか、そうでない基準があるとしたら何なのか。少しばかり興味がある。

AIと言えばもう一つ。数日前にフォトショップなど、写真・イラスト・動画編集ソフトウェアで有名なアドビ社の、最新AI技術のデモンストレーションが話題になっていた。あまり詳しく読んでいないが、AIが広告要件に合わせて、コンテンツの良し悪しを判断するのだという。
ずいぶん前から、ソニーのデジカメには、撮った写真を自動でトリミングして、最適な構図を切り出す機能がついている。これも簡易だが、AI的なものである。
よく「写真は構図が全て」とか「技術で撮れたのではない。偶然そこに居合わせて、たまたまシャッターを切る機会を逃さなかっただけだ」という人がいる。それらの意見と、AIの進化を勘案すると、恐らく近い将来は、街角の街頭カメラこそが最高のストリートフォトグラファーになると思う。
AIは、人類よりまず先に、大衆アートを滅ぼしそうだ。

人はいつか死ぬ。死ねば焼かれて灰になる。何も残らない。それでも何を考えて、どう生きたか、ということは大切だと思う。書いた言葉、撮った写真、作ったもの、そういうものはもしかしたら、自分自身より長く残る、可能性があるから。