EYESIGHT/INSIGHT - Photography blog by Keisuke Takahashi


20代の頃好きだったミュージシャンが、初対面の人によく訪ねてたらしい言葉。「あんたの夢は何?」
日本に住んでると、とは言え他の国に住んだ事はないのでわかりませんけど、夢を語る事は子供にしか許されてないような空気があるのは気のせいですかね。少なくとも僕の歳で夢なんか語るとしたら、酒の席でのみ許されるような気がしますよね。まるで、実現不可能な事でも気晴らしに語っていいよといった風です。
尤も、本気で叶えたい夢があるのか?って聞かれたら、頭抱える人も多いかも知れないですよね。僕もそんなでしたし、大体世の中がさっき言った通りで、夢なんかより現実を大事にしろよって風潮ですし、実際、僕くらいの歳になれば色々と大変ですから。
まぁここまで書いた事が、僕が夢というものについて漠然と思っていた事なんですが、間違いだったのかな?と最近気づいたってのが今日の論点で。
こんなブログを始めた位なので、僕は今、一角の写真家になりたいという思いで頑張ってます。こんな時代なので金銭的にどうこうというのはわかりませんが、少なくとも僕自身の名前と写真が世界に知られるようになりたい。そう思って行動を始めた時点で、もうこれは夢ではなくて現実なのだなと、そう感じたのです。
ネットで僕の写真が紹介されたのを見て、Flickrのコンタクトに入れてくれる人がいる。Flickrの写真を見て、GettyImagesにInviteしてくれる人がいる、そういう経験を、写真始めて半年、そのうちこの3ヶ月以内で集中して経験しました。色んな所で写真見てますが正直、僕より写真上手い人は山程居ます。その中で僕がそういう経験が出来ているのは、夢を夢と思わず、一心不乱にやれる事を全てやっているからだと思います。今の気持ちの前には言葉の壁は問題ではないですし、道具についてもiPhoneで出来るベストを尽くす事だけ考えています。
先日、とある高名な写真家の方のブログにコメントして、返信を頂きました。言われたのは、自分だけのテーマを見つける事、それからコミュニケーション能力が大事だという事でした。僕は成る程と思いましたが同時に、それは見つけるものではなしに、それがあるからこそ写真家になりたいに違いないと思いました。
もう少しわかりやすくいうと、僕は音楽を聞くのが本当に好きで、楽器を演奏するのも好きだったんですが何故か人前で演奏したいとかあまり思った事がなく、不思議でしょうがなかったんです。でもなんてことはない、自分の中に音楽という形で表現したいものがなかったという、単にそれだけの事だったんですね。もしもそれがあったなら四の五の言う前に行動していたと思うわけです。
言葉ではっきりと定義するのは難しいのですが僕の中には明らかに写真で表現したい事があって、今はそれを、なにをモチーフにしたらいいのか、どんなスタイルでやっていくのかを模索している最中です。先程僕は「僕より上手い人は沢山いる」と書きましたがそのうちの半分以上は、単に道具とその使いこなしのテクニックに長けている、つまり職人的に写真家としていい色や構図を撮り慣れているというだけ、という風に見ていて、僕が目指すのはそこではないなと、そのように思っています。
試したい事が沢山あります。仕事をしながらですから時間の制約が厳しいですが、グズグズしてはいられません。あと何年生きてるかもわかんないですし。日々、実践するのみです。
というわけで今、夢はなんだ?と聞かれたら「娘たちに幸せって何なのか教えられるようになる事。そのために仕事と写真、どっちも頑張らないと!」って事です!


tadaaでもInstagramでもPathでもFBでも、僕は外国の人がいる場所では9割方英語で発言しています。時々日本人の友達に「(発言が)偉そう」と言われるのですが、自分でもそう思います。むしろ意識的に少しはっきり目に物申すことを心がけています。
よく言われる事として、日本人の英語は自信がなさそうに聞こえるらしいです。何故かと言えば日本の文化がそうだからで、日本で生活する上では所謂「空気を読む」という事がよくも悪くも必要となってきます。ところが、その態度のままで国外にシフトした場合、言うなればスタジアムにピックアップのついてない生ギターで出て行くようなもので、相手が必死に耳を傾けてくれる相手でなければ、なかなか理解を得てもらうのは難しいのではないかと思います。
僕はTOEICを受けたこともないし、海外に行ったのは生涯のうちわずか3ヶ月で、説得力に欠ける事この上ありませんけれども、そのように感じています。
大体英語で、日本語的なオブラートに包んだ表現をするならば、相当の語彙がない限りひたすら冗長な表現をする羽目に陥ると思います。逆に言えば、それ位英語をマスターすれば、日本的な良さを含めたコミュニケーションというのは可能なのだと思いますが、そうでないならば、下手な遠慮は無用です。自分の発言に全責任を持って、思ってることをストレートに表現すればいい。
面白いのは、そういう風にしていると、思考そのものがシンプルになってくる事で、習慣や思想ってのはまさに言語に司られているのだな、と思わざるを得ません。日本語というのはともかく、非常に表現力の高い言語だと思いますが、所謂遊びの部分が多いのも事実です。ダイレクトな思考を目指す実験として、勉強とか固い話は抜きで、英語で考えてみるのも面白いと思います。

※トップの写真が今週の“Through the lens of an iPhone”に選ばれました!3度目の選出、本当に嬉しい!
http://www.iphoneography.com/journal/2012/7/15/this-week-through-the-lens-of-an-iphone-part-1.html


僕がiPhoneで写真を投稿する様になったのは御多分に漏れずInstagramだったのですが、昭和40年代生まれの僕は「写真は長方形」という固定観念が強いのか、真四角の構図にまとめる事に対して思いの外違和感が強く、そんな折に「リニューアル式」というブログでtadaaに関する記事を目にし、すぐさま飛び込みました。
その時点で日本人のユーザーが殆どいなかった事もまた僕には好都合でした。その頃写真はまだ少し面白くなって来たかな、という程度で、どちらかと言うとiPhoneで英語を勉強する事に興味を抱いていたからです。
ですから人の写真を見ては、いいと思えばコメントし、会話して、そうこうしながら必然、多数の素晴らしい写真を目にする事になるので、段々と写真のまとめ方の様なものを学び、現在丁度半年程になりますが、僕のiPhoneographyの歩みはまさにこのアプリと共にあって、まるで写真学校のような感じを抱いています。
tadaaのいいところはまずフォーマットが自由である事。あとInstaにもEyeEmにも何故かない機能として写真閲覧時に回転・拡大が可能な事。ひとつの写真に対して複数ユーザからコメントが来てもそれぞれが別スレッドになる為、個別に話をし易い事。後は、かなり強力な写真編集機能がある事です。
逆によくない事は、ここに限らずですが、ライク数の24Hチャートがあり、やはり投稿する以上そこの上位に食い込むのはひとつのモチベーションになるのですが、ライク数はフォロワーの数に比例する、つまり昔から居てフォロワーが2000人も居れば、大した写真でなくともチャート入りしてしまう。さらにtadaaにはリポストという機能があり、そういうビッグアカウントにリポストされると必然その人達も上位に入り易い。つまりチャートの殆どが、ビッグアカウントとその人達のリポストで占められるというわけで、そういう中で自分もチャートインしようとすると道は二つ、ビッグアカウントと仲良くなってリポストして貰える関係になるか、本当にいい写真をポストするか、ってことになります。
前述の通り、僕は英語の勉強も兼ねてtadaaを始めていたので、いつも見る面子には積極的にコメントも挨拶もして、結果狙っていた訳ではないのですがビッグアカウントからのリポストやチャートインも増えました。ただ、そういう事を苦々しく思う人も多く、tadaaの開発チームもチャートのバリエーションを増やしたり色々改善を練っていますが未だベストではないと感じています。
個人的には、先日からやり方を変えて、まず自分自身が何でもかんでもライクつけるのをやめ、挨拶等も減らすことにしました。フォローも少し減らしました。結果、思ったように瞬間風速のライクは増えなくなりましたがそういう条件下でチャート入りするチャレンジを楽しんでいます。
tadaaに限らないのですが外国人は割とHDR系の、大味な加工を好む人が多く感じます。中には既に元がなんだったのかもわからない写真もあり、只々勿体無いなと思うばかりです。僕は何とかその流れとは拮抗して、構図と色にとことん拘っていきたいと思っています。
先週のアップデートではまさかのコメント及びキャプションの他言語翻訳機能が搭載されました。Webを見ているとSNS機能は使わず編集アプリとしてだけ使ってるという人も見るのですが、勿体無い!どんどんポストして、交流してみたらいいと思います。
※上の写真はtadaaで編集したものではありません。念の為。

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