EYESIGHT/INSIGHT - Photography blog by Keisuke Takahashi


昨年、初めての個展をやってから、自分の作品を世の中にどうプレゼンしていくか、と云うことについて、とにかくよく考えるようになった。

それで、2回目の個展に向けて色々考える中で、今まで全然考えもしてなかったやり方を思いついてしまって、今はそのための下調べをしている。
ちょっとこれは「個展」というやり方にはそぐわないかもなあ、と思いつつ、でも間違いなく「やりたいこと」ではあるので、去年宣言してた「次の個展」に関して、根本的に考え直さないといけないかな、などと考えつつ。


具体的な話は、色々段取りが出来てから明らかにしたいので、今はそういうフワーッとした話しか出来なくて、だとしてそれをブログに書く意味があるのか、って事なんだけども、その、何かを思いついてしまった、思いついちゃった時のワクワク感は、自分の中ではすごく大事で、前の展示の時も、実際の作業を始める前の盛り上がり方というのは物凄くて。そんな気持ちを書き留めておこうかなと。


とはいえ前回の反省として、何かを思いついてから具体的に進めるまでに時間をかけ過ぎてしまった、という点があるので、今回は迅速に物事を進めないといけないなあ、と思う。

とりとめもないですけど、色々アイディアを思いついているうちはまだ行けるかな、と思えるし、そうやってやりたいことを思いつくうちが花かな、とか思いました。では。




音楽が好きだ。

歳の離れた姉の影響で、小1くらいで邦楽の所謂ニューミュージックやフォークを、そして小3くらいからは洋楽を聴いて育った。

最初に好きになったのは多分ミッシェル・ポルナレフ、それからモンキーズとビートルズ、ベイ・シティ・ローラーズあたりを経て、当時のアイドル本の見開き2ページの洋楽ページで見たKISSに一目惚れして、そのあとクイーン、ツェッペリン、チープ・トリック、そしてその後はパンク、ニューウェーブに、というのは多分当時の女子高生の王道コース(つまり当時の姉の王道コース、って事だけど)であったのだろう。

小学生の時、9つ上の姉に連れられて男友達の家に行った覚えがある。見たこともない立派なステレオがあって(自分の家には小さなレコードプレーヤーとモノラルのラジカセしかなかった)、その人にツェッペリンの「プレゼンス」というアルバムを聴かせてもらった時に、完全なるロック耳になった。ステレオの前で正座して、A面B面をぶっ通しで聴いて、心底やられた。
あれを一人でずっと聴いている間、姉と男友達が何をしてたのかな、とか今になると時々思ったりするのだけども、とにかく聴いてるときはそれどころではなかったのだ。


人の写真を見て、この人音楽好きだな、多分こんなジャンル、というのは写真を見て大体わかる気がする。音楽が聞こえてくる。そして自分はそういう写真が好きだ。
そういう写真こそがいいとか悪いとか、そういう意味ではなくて、自分がそんな育ち方をしたから、そういう反応をするというだけの事だ。山好きな人が、山岳写真に心惹かれる(多分)のと、同じ事だ。だけども、そういう琴線への触れ方が、一番心に響くように思うので、自分の写真もまた、音楽好きの人にとって、音楽が聞こえるようなものであって欲しいと、ちょいとばかし考える。

過去に何度か、音楽を聴きながら撮る、ということにトライしてみたが、これは全然ダメであった。やはり何も聴かず、心の中に鳴っているものに従って撮る、ということでないと、上手くいかないのだろう。そりゃそうだ。
一昔前にサンプリング用で、バーナード・パーディのドラムトラックだけのCDとかあったけど(持ってるんだけども。今もあるのかは知らん)あの辺を聴きながら、自分はトランペットでも吹くつもりで撮るというのも面白そうだけど・・・やっぱりダメだろうね。

この歳になってもまだカセットテープの編集なんかしながら、好きなものって変わんないんだなあと我ながら呆れつつ。





あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。


さて、昨年末にふと見たTwitterのタイムラインで知人が、とあるブログのアートに関する記載について、所感を述べていました。どの記事かというのはどうでもいいので細かくは触れませんけど、とにかくそれをきっかけに、僕もしばらく、自分のアート観を考えてました。

僕にとってアートとは「無から有を作り出す」こと、基本的にはそれ以上でも以下でもないです。
故に、工業製品でもアートたり得るし、建築物でもアートたり得る。市販の何かにサインして作品です、と言おうが、他にないものであったなら、それもアート。

それくらいの捉え方なので「アート」という言葉を口にすることに特段、躊躇うような事もない。人によっては、写真家風情がアートとか、そんな風に思う人もいるみたいだけども。そういう人はアートってものを、ちょっと大上段に捉えすぎなのではないかと思うのですが。

目下、自分にとっての一番の問題は、自分がどれだけそのような「無から有を」生み出す力があるのか、と。
昨年2月にやった個展では、僕は灯台の帽子を作り、それを被った姿を自撮りして、灯台男なるものの写真群を制作しました。今のところそれを再び個展という形で展示する予定はないので、改めて僕自身の言葉で説明させて頂くと、それは離婚して子供に会えない中年男の心情風景でした。勿論、違う解釈をして貰えたら、それはそれで構わないんだけども、動機はそういうことであるし、そういう「有」を作り出す事によって、自分の感情に折り合いをつけたかったのでした。

で、ここまで書いたことはあくまで作り手側の話であって、アートの目的としては、受け手にも何らかの影響を及ぼすことが必要で、まさにそこにアートの価値が生ずるのですが、そこが一番難しいところであって、受け手を置いてけぼりにするアートに、価値は発生し得ないのです。まあそれでもいいよ、ってのが昨年の個展だったのですけども、2017年は、その辺のバランスをもう少し考えていければよいと思うのですが。

僕は、若い人たちより間違いなく先が短いのだから、そういったチャレンジをとにかく休まず続けていかないとな、と思います。

というわけで2017年、皆さんにとっても実り多い年になりますように。




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