EYESIGHT/INSIGHT - Photography blog by Keisuke Takahashi


20代の始めの頃かな。
「美味しいものを食べて幸せとか言うようになったら人生おしまいだわ」とか、そういうことをいちいち言う若者だったよね、俺。

歳を取って、人間丸くなって、「気の許せる友と美味しいものを食べてる時は幸せだな」くらい、普通に思うようになったけども。

でも最近、そんなんでいいのか?っていう気持ちにまた、戻りつつあり。


それと。

写真を撮ることを自分の表現として選択している人の口から、写真を撮るということは「日常」を記録すること、「思い出」を記録すること、という言葉が発せられるのを散見するのだけども、それに関して、そういう思い入れは、自分にとっては写真始めた時から一貫して、露ほども、ない。

何故なら写真も録音も、記録だということは言葉にするまでもない自明の事なのであって、例えばディランがアルバム「ブロンズ・オン・ブロンズ」について「20代の思い出が蘇るね」なんて語るだろうか、いや語って欲しくないな。

しかしながら、大多数の人と考えが異なるということはつまり「共感」を得るのはむつかしい、って事で、だとすれば勢い圧倒的なものを目指すよりなさそうで。
まあ、それはずっと変わらない。それが何なのかをずっと考えて取り組んでる。


こういう考え方は「天の邪鬼」と言われかねないのはわかる。けど、これ以上説明するのもアレだし、まあいつの日か結果に表せたら、それでいいことだ。ただの表現だから。

なんて、ただの細胞のカタマリの、ただの心の移り変わり。進化でも退化でもなく。人生の徒然。




どんな気分だ
どんな気分なんだい
ただの自分でいるってことはさ
帰る家もなくてさ
誰にも知られることなく 石ころみたいだっていうのはさ

ディランに心酔していたのは20代から30代の始めの頃まで。
ディランとジミヘンしか聴かない、みたいな時期もあったな。

ディランの詩はいい。その視点の独自さに舌を巻いてばかりだった。
だけど彼の代表曲のひとつ、『ライク・ア・ローリング・ストーン』に関しては、若いうちはどこか遠い国のお伽話を聞くような気持ちだった。


時は流れて。状況も変わり。
48年生きて、今ではこの曲の歌詞が心に刺さる。

何も持ってないなら失うものもないよな
お前は今や透明人間
隠さなきゃならない秘密すら持っちゃいない


雨だけど出かけた。家にいると頭がグルグルして、よくないので。






水たまりに雨がポタポタする様を撮りたくて、傘を差さずに歩いていたので(傘をさすと、雨粒が落ちてこないし、光も遮るので、撮れないから)、また風邪が悪化しそうな気配を感じ、帰りはパンチョでニンニクガッツリのスタミナナポリタン食べて帰りました。

風呂入って寝ます。では。



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