EYESIGHT/INSIGHT - Photography blog by Keisuke Takahashi

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前回のエントリーで書かせて頂いた「ポストカード」、本日発送しましたー。遅くなってしまいゴメンなさい。

まず、「ポストカードください」とお声かけ頂いた皆様に感謝致します。本当にありがとうございます。どっかに飾って頂けるなり、宛名シール剥がしてポストカードとして使って頂けるなり、何かお役に立てたら嬉しいと思っています。

で・・・やってみないとわからない事ってあるもので、前回「ポストカード送りますよ」なんて書いたときには、毎月ポストカードサイズで印刷して送ればいいんだよな、なんて軽く考えていたんですけど、いざ毎月送る事を考え始めると、考慮しないといけないこともいくつかあったり、プリント自体も何度かやり直したりと、そんな試行錯誤があって、時間がかかってしまいました。振り返ると常にだいたい、言っちゃってから考える、結果、色々時間かかる、って事ばかりですけど、まあ・・・そういう風にしないと何も出来ないので、仕方ないかな。

送れる枚数はまだまだ全然余裕あるので、ちょっとでも興味持って貰えたら、コメント欄から気軽にリクエスト頂けると嬉しいです。


ところで先日、TechCrunchの記事で面白いのがありました。

コードが写真の未来を創る - TechCrunch

個人的には、こういうテクノロジーの進化は大歓迎なんです。今まで見たことのないような写真・映像が創れるようになるのかも知れない、というのは、ちょっとワクワクはするし。一方で、ちょっと面白いと感じるのは、例えば今年もiPhoneの新機種が出て、前機種とのカメラ性能の比較記事なんかが出て、前機種のカメラとかもうショボいな-、とか感じる反面、僕らは未だに、フィルム時代に撮影された写真にも惹かれてる現実がある、ってことで。

そういった現状に対する逆張りとかではないんだけど、個人的に今は改めて、フィルムカメラで撮ること、を楽しんでみようかな、という気持ちがあります。
前に自分の中でフィルムカメラ熱が盛り上がった時には、同時に個展のイメージが膨らんじゃってそっちに注力した結果、フィルムであれこれやることはちょっと先送りにしてしまったので。何か新しい発見があったらいいんですけどね。

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唐突ですが。
月1で、僕の撮った写真をポストカードにして、無料で送ります。欲しい方いらっしゃいましたら、連絡ください。

自分の場合、写真を始めたのがiPhoneを手に入れてからで、今の若い人達同様に、撮ったものはネットでシェアするのが普通、ってところから始まったのですけど、それから6年くらい経った今、音楽も写真も、言ってみれば全部がクラウドになってしまったわけで。膨大な数が知らない何処かのサーバーに保存されているものの、検索でもされない限り目にもつかず、デジタルの藻屑になってるだけ、ということが、何だか正しい姿なのかな、とぼんやり考えてしまう。

先日の北海道の地震で、ウチの実家も24時間以上停電になりまして、そんなことは自分が子供の時分、昭和40年代ですら起きなかったことだけど、電気やネットがないと写真も見れないし音楽も聴けないなんて、権利があってもアクセス出来ないなんて、何だか変だな、とか、そんなことも強く思うようになりました。

形あるもの、ということでは、以前から写真集として自分の写真をまとめてみようと考えているのですが、それにしても、限られた予算で限られた部数しか作れないわけです。とはいえ、インスタや他のSNSのタイムラインに流すみたいに、数見て貰えればよい、という価値観も、今現在は、あまり意味があることに思えない。

とにかく、壁に貼ったり本棚に飾ったりしてもらえるような、リアルなモノとして、例え数が少なくても、そうやって写真をシェアしてみたいなと、考えています。

というわけで、このページの下の方にコメント欄があると思うんですけど、そこから、もしくはメール、tokyogyangoアットマークgmail.com宛に、宛先を教えて頂けた方々に、毎月1枚、ポストカードを送らせて頂きたいと思います。
コメント欄は非公開になっているので、僕以外が見ることはありません。
冒頭に書いた通りでお代は要りませんので、宜しくお願い致します。

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先日社用で札幌に行く機会があって、ついでに数日実家で過ごしたのであるが、1993年12月31日から94年の12月30日までのきっかり1年つけていた、自分が26になる年の日記を見つけた。

日記というよりは作文帳みたいなもので、詩やら散文やら短編小説程度の物語やら、色々書いてあって、まあプロを目指してたわけでも何でもないので稚拙ではあるが、当時は転職したり色々嫌になって旅に出たり、そんな時代だったので、割と面白かった。
何より25歳って、10代の頃の自分を思って随分歳を取ってしまった、と考えているのだけど、更に25年経った今見るとホントに・・・色々感慨深い。

そういう文章をシェアするのに何かいいサービスあるかな、と思っていくつか見てみたのだけど、どうもそぐう場所がないので、自分のブログに書こうかな、と。

以下は、1994/4/15、カート・コバーン自殺のニュースの3日後の日記から。


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ところで

犬の散歩は誰の仕事だ?

ボスは大儀そうにしゃべる

そういう時の彼の目ときたら

天下をとったみたいに

自分では説得力があると

思ってるが全然の

そういう目をしてるんだ

俺はといえば

気持ここにあらず

窓の下くもり空の下の街の交差点に

オドロキはないかと

毎日オドロキはないんだが

ヒザをゆらして見てる

うまく説明するには

事情はフクザツだが

ここに長く居すぎたと思い始めて長い


目は喋り口はふさがれている

そういうものだという事にしたいらしいが

それについては誰も何も

感じず

時計を見れば世界の終わりまで

あと3分くらい?

誰も走り出しゃしないぜ?

道路の向こうには

空き地があって

そこでは昼間から集まって

酒をのんでいる人達がいるが

無理してるようにも見える

自分がいかに自由なのか

演じてるように見える

そういう意味では

誰も自由でないというのは

ヘンな話だが

ヘンな話は話題にもならない

革命家のタマゴは何の革命を起していいのかわからないでいる 

音楽家は何について歌っていいかわからずインタビューをたくさん受けてイヤになって自殺した

信じるとウラぎられるなんてまやかしだ

雨が降ってきて駅までは沢山歩く

この世界はセルフ・サービスだ

と思っていたら

案外そうでもないぜ

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冒頭の写真は先日の札幌。西4丁目あたりかな。前に行った時にもこの建物を撮っていた。ここ、好きだな。

ちなみに「大儀そう」は北海道弁かな。「億劫そう」って事です。




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